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2008
05.19

情報の氾濫・一考

14歳少年が硫化水素自殺=自宅トイレで-仙台

 19日午前3時10分ごろ、仙台市泉区紫山の民家で、この家に住む父親から「息子が2階トイレで倒れている」と119番があった。消防が駆け付けたところ、市立中学3年の少年(14)がトイレで硫化水素を発生させ、心肺停止の状態で倒れているのを見つけた。少年は病院に搬送されたが、死亡が確認された。宮城県警泉署は自殺とみて捜査している。
 調べによると、2階の少年の部屋付近から物音を聞いた父親が不審に思い確認したところ、トイレの中で少年が倒れていた。トイレからは市販の薬剤の容器が複数見つかった。

 http://www.jiji.com/jc/zc?k=200805/2008051900266&rel=m&g=soc

少年は、「死にたい」と思うほどの苦しみがあったんだろう。
そして、死を選んでしまった。

残された家族は、晴れることのない悲しみと苦しみの中で、これからの生活を送ることになるのか・・と思うと、同じ親としてやりきれない思いがする。

この少年のご冥福をお祈りします。

最近の自殺のニュースを見て思うこと。

「情報社会は恐ろしい」

自分が子どものころを考えてみる。
「自分で死ぬ」ということについて、どう思っていたか。

多分「死にたい」と思うことはあったんだろうな・・と思う。
そして多分、「残された家族は」なんて考える余裕はなく、自分のことだけ考えていただろう・・

ただ、「死ぬ」ということは、「死にたい」と自分に思わせた問題以外の
楽しいかもしれない嬉しいかもしれないことを放棄してしまうことと思っただろうし、
どんな方法を選んでも「実行」してから「死ぬ」まで、痛く、苦しいだろう・・と想像しただろうと思う。

そして、日常生活を送るうちに、気持ちに変化が表れて「死にたい」という気持ちはどこかへ押しやられて今の私が無事にいるんだろう。

「死ぬ」ということ。
子どもの頃の私に思いつく「死ぬ方法」なんて、限られたものだった。
どれも、痛くて辛くて苦しくて…想像するだけで身震いのするものばかり。

ニュースで「自殺」と聞くと「死ぬ痛みや苦しみより、辛く苦しいことがあったなんて・・」と身がギュ~~っとつかまれる気分がしたものだ。

そして、今回の14歳の少年のニュース。
少年少女の硫化水素での自殺は初めてではない。

「また?」と思ってしまった自分に驚いた。
人の死に「また?」はないのに。
どこか感覚がおかしくなってしまっている。

子どもにこういった「死に方」の情報が入る時代。
ネットにしても、書籍にしても、自分の子ども時代とは比べ物にならないほど簡単に様々な情報のはいることに危うさを覚える。
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コメント
最近、多いですね…自殺する人…
でも、誰も喜ばないんですよね…
死ぬ気持ちがあるのなら、引きこもりでもいいから生きてて欲しい…
本当にそう思います…
亡くなった少年のご冥福を祈ります…
メグdot 2008.05.20 22:20 | 編集
軽い言葉ですが
「生きてるだけでまるもうけ」
だと思っています。私。

生きてると、楽しいことも嬉しいこともあるけれど、そりゃ、つらいことだってしんどいことだってありますよね。

でも、生きてるだけでいいんです。
ぶらんちdot 2008.05.22 08:54 | 編集
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